2011年3月11日東日本大震災発生

この日、日本は振り出しに戻りました。

あの日、埼玉で震度5弱の地震を経験しながら、私たちは茫然としていました。その30分後、海岸沿いの街では津波に襲われていたとは。果たして自分だったら逃げられたかどうか。

その後に起こったことは、皆様ご承知の通り。帰宅困難になり、ケータイ繋がらず、ガソリンなくなり、食べ物は店頭から消え、 計画停電。追い打ちをかけた福島原発事故。

大混乱の中伝わって来た現地の惨状。

 

現地の友人を訪ねて行ってきた者や、たまたま仙台に行っていて被災した友人たちが集まって会合をもったのが4月12日。長丁場の支援が必要 になるだろうと、グループ名を「大震災義援!ウシトラ旅団」とし、ともかく現地を見てみようと、救援物資をかき集めて、避難所慰問をしつつ小名浜入りした のが5月1日でした。

 

そこで見たもの。まるで空爆されたかのようにバラバラになった海岸沿いの街。延々と続くがれきの山、茫然と立ち尽くす人々。それでもなお、避難所に伺うと笑顔で接してくれた方々。

 

リスタートするために

パニックを恐れたためか、あたかも報道管制が敷かれたように伝わってこないフクシマの情況が少しずつ漏れてきて、わかったのは福島第一原発の事故は想像以上に甚大な被害をもたらしただけではなく、極論すれば東日本の全ての人を「ヒバクシャ」にしてしまったことでした。

でも、それは同時に、大震災が対岸の火事、他人ごとではなくなったことを意味していました。

津波警報などが分からなかった人、情報から隔離された人の存在、ハンディをもつ人や年配者の惨状。入ってくる情報を前にして、私たちは頭を抱えました。あとから分かったことですが、障害者の死亡率が健常者の倍以上だった現実。

 

インターネットという情報発信に携わる者として、情報難民を無くしていくのは責務ではなかったか。ターゲットを絞ったマーケティングと称して、あらかじめ対象を限定し、それ以外を排除する、こうした発想がひいては伝わる者だけに伝えればよいと思うようになり、その結果生み出したのが情報難民であり、膨大な犠牲者なのではないか、と。

 

We have a dream. 私たちには夢がある。

ターゲット・マーケティングで「対象に絞る」べきは、最も情報弱者になりやすい人々ではないでしょうか。ハンディキャップをもった人やお年 寄り、シニア。そうした方たちにこそ、伝えるべき情報をきちんと伝える。それが私たちの責務であり、そういう共有社会に日本がなることが私たちの「夢」で あり、確信でもあります。

情報難民を一人でも減らすために。

 

I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of it's creed, "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal".


私には夢がある。 いつの日か この国が立ち上がり、この我が国の信義を言葉のもっとも正しい意味で実現するだろう。

『私たちはこれらの真理を自明のことと考える。すなわち、全ての人間は平等に造られている』

〈マーティン・ルーサー・キング・ジュニア 1963/8/28〉